1964年(昭和39年)に、「恥ずかしくない日用品を通信販売で売る時代がやってきた」と考えた人がいた。ガスライターのヒットで知られるマルマンのK社長だ。「動くデパート」という秀抜なキャッチフレーズを武器に大々的にカタログ販売にのり出したが、見事にずっこけた。―冊でやめてしまったのだから、よほど反応がなかったんだろうね。大づかみにいって、誤算は二つあったのではなかろうか。まず、日本の消費者心理を買いかぶったこと。カウンセラーたちはいう。「お客は、品物を自分の目で見て、手でさわらなくては、どうしても承知しない。いくら、カタログで説明してもダメだった」。これが最大の壁だった、という。評論家Kさんの見方だと「とくに、主婦は恋人を選ぶ思いで買物をする。だから、あっちから突っつき、こっちからこねくりまわさないと、買う決心がつかない」。それと、デパートに行くのは、買う楽しみより、ブラつく楽しみが大きい。別世界のような、あのきらびやかな空気にひたると、夫婦げんかのウサも発散する。デパートは、まだまだ、レクリエーションの場でもある。(略)こうして「動くデパート」は行きづまった。だが、K社長は「あれは歴史の進化に沿った考え方だ」と、いまも強気である。十年先をいったのだが、金が続かなくなったので、撤退したにすぎない、というのである。(65年9月7日付朝刊)