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立派なのだと思うことに

誰もが残される人のことを思い、人生に感謝しつつ死を迎えられるとは限りません。ふとしたことから人間は、大きな闇に落ち込み、醜い自分をさらけ出すことがあると思います。病むことは、それだけで、他のことに気が回らなくなって当たり前なほど、たいへんな事です。「仕事も完璧」「母としても完璧」であること以上に、「患者」と「母」の二役をこなすのは、たいへんなことだと思います。もちろん、その人が子供への思いを口にしたら、それを励みにするよう持っていってあげるのはいい支援になるでしょう。でも、そうでない場合、苦しんでいる人に、「子供のことを考えるように」期待するのはやはり望みすぎではないでしょうか。母であっても子供に返り、駄々をこねながら死んでいく人がいても、それはそれでいい――。今、年月がたつ中で彼女の死を振り返り、自分が見たものを私は、そんな風に整理しています。やっぱり見送った患者さんを、悪く思いたくはない。そんな思いも看護士にはあるのです。「母は強し」されど「患者さんは弱し」。その両者を立派にやり遂げて当然ではなく、やり遂げられる人が、立派なのだと思うことにします。