モンテーニュの生きた時代も、現代と同様に世間でも、一般に、立派で賢明である「善良な人」よりも、多くの知識を身に付けている「学問のある人」が注目され、尊敬されている。したがって、親たちも、子どもの頭の中に学問を詰め込むことに心と費用を使って、判断力や徳操には気を使わない。しかし、大事なことは、誰が「最もよく知る人か」であって、誰が「最も多く知る人か」ではない。古来、教育といえば、教師も親も世間も、子どもに多くの知識を記憶させることと考えてきた。しかし、それは、上述のように、愚かなことであり、判断力を身に付けていないものが知識を持つことは、むしろ危険なことである。子どもが判断力と良心を持ち、「よく生き得るようにすること」が教育であり、教育の目的そのものである。
【関連】
個別指導塾という選択
大反響の個別指導教室の近況
個別指導塾のお達し